星屑と祈り

深津条太の作品置き場

プレゼントイヴ

 コトン、と彼女の前に湯気の立つマグを置く。真っ白いソファーの上で身体を丸める彼女の隣に静かに座った。彼女は僕のことを歯牙にもかけずに目を落とし、ちまちまと指先を動かしている。
 すぐにうずうずしはじめ、彼女はテレビ画面をじっと見つめる。画面内ではびゅうびゅうと吹きつける雪の中を数匹のトナカイが点在する木々の間を連なって歩いている。その中の一頭がゆっくりと頭をもたげると、カメラをじっと見つめる。その視線は画面の先にいる僕と交錯した。隣で彼女が「雪だるま、いっぱい作れるね」ともごもごと話して笑みを浮かべる。残念ながら、ベランダを見てもその手すりの上には何も積もっておらず、その光沢のあるグレーが薄闇を写しているだけだった。
「手、止まってるよ」
 ぼくが指摘すると、一拍置いて彼女が「ありがと」と呟いてから手をゆっくりと動かしはじめる。その視線は液晶画面と手元を右往左往していて落ち着かない。彼女の手の脇にはかなり小さくなったオレンジの毛糸玉があって、彼女の指先に合わせて不規則に揺れている。
 彼女は数日前から編み物をしている。彼女が自分のためにそんな面倒をするとは思えないし、友人にプレゼントするような性分でもない。消去法で、僕へのプレゼントであると結論づけてみて彼女に訊いてみると、笑顔で僕へのサプライズプレゼントだとはっきりと答えてくれた。サプライズと言う割に隠す気はさっぱり無いようで、こうして僕の隣でも平気で編んでいるし、夕食のときには嬉々としてその進度を話してくれる。彼女が眠ったあとには編みかけのそれがテーブルの上にぽつんと残されたりもしている。
「また止まってる」
 僕が声を掛けると、ぽかんと開いた口を鈍い動きで閉じて、手の細かな反復作業が再開される。編んでいるそれが何であるかがわかるくらいには完成に近づいていた。そんな彼女の珍しく真剣で、どこか可笑しさのある表情をこっそりと覗きながら、マグカップを口に近づける。舌先を火傷した。

 僕はだいぶぬるくなったホットミルクをテーブルに置く。テレビの番組はオーロラに感激した俳優の短い感想に重なるようにクレジットが流れはじめる。
 ふと隣を目を流すと、満面の笑みで彼女が僕を覗き込んでいる。その両手は後ろに回されて、何かを隠している。彼女の口からは「にしし……」とか「えへへ……」なんて笑いが漏れ出ている。
 僕がとぼけたようにどうしたのと訊くと、彼女が小さく跳ねてソファーから立つ。
「少し早いクリスマスプレゼント!」
「おお! ありがとう!」
 元気いっぱいに差し出したそれを大袈裟に受け取った僕は、十字になったリボンを解いた。赤いリボンはするりと僕の手首を滑って、摘まんだ指先からまっすぐ地面を目指す。
 オレンジ色の手袋だった。それもひとつだけ。
「いつかもう片方作ってあげるね」
 期待せずに、
「待ってるよ」
 ぼくがそう応える。にっこりと笑った彼女がソファーに勢いよく座り直す。ソファーの上で跳ねた彼女の肩と僕の肩が擦れる。
 僕はその毛糸の手袋を左手に着ける。
「うん、すごい暖かいよ」
 ぽかぽかとする左手を前に突き出しながら、僕は素直な感想を伝える。彼女はそうでしょそうでしょと嬉しそうにとっくに湯気の立たなくなったマグカップの中身を啜る。ぬるいと文句を言いながら。
 ふう、と息を吐いてマグを置いた彼女が僕の裸のままの右手を取る。小さい手の柔らかな温もりが繊細に身体全体に沁みてゆく。細い指先にゆっくりと力が篭もる。そのまま彼女が手をぐうっと持ち上げると、それに連れられて僕の手もまっすぐ上に引っ張られる。
 ふと頭をよぎった風景を浮かべながら、小さく息を吐いた。
「今度さ、こうやって帰ってきて、玄関くぐってさ『ただいま』と『おかえり』を一緒に言おう」
 彼女は少しの間、掲げた手の辺りで目線をゆらゆらと泳がせたあと、口元を緩ませながら「いいねぇ」と気の抜けた返事をした。今、両手はとても暖かい。